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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)2258号 判決

控訴人(原告)

飯田義雄

ほか一名

被控訴人(被告)

株式会社産江

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人両名の負担とする。

事実

第一  控訴代理人は、「原判決中、控訴人両名と被控訴人に関する部分を取消す。被控訴人は控訴人両名に対し、それぞれ金五〇〇万円及びこれに対する昭和四八年四月二二日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用中、控訴人両名と被控訴人に関する分は、第一、二審を通じ、被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

第二  当事者双方の主張並びに証拠の提出、援用及び認否は、次のとおり付加するほかは原判決事実掲示のとおりであるから、これを(ただし、控訴人両名と被控訴人に関係する部分のみ)引用する。

一  控訴代理人が付加した主張

仮に、被控訴人に民法七一五条に基づく責任がないとしても、本件交通事故の加害車を運転していた稲村茂(原審相被告)と被控訴人との間には、原判決三枚目裏五行目から四枚目裏三行目に記載されているほか次のような事実関係があるので、被控訴人は、興栄企業こと訴外佐藤隆及び稲村との業務の関連、下請に出された過程、取扱量等を総合すると、右佐藤及び稲村の自動車の運行に対し支配を及ぼし、その利益を享受していたことになるから、本件加害車の運行供用者として、自動車損害賠償保障法三条に基づく責任を負うべきである。

訴外佐藤の運送業務は被控訴人から依頼されるものが全てあるいは大部分であり、稲村は訴外佐藤の運送業務を専属的に行つていたから、結局被控訴人の仕事を専属的に行つていたことになり、荷物の運送依頼主に対し伝票を使い、「産江からきた」と申し述べ、荷物運送依頼主は、運賃を被控訴人に対し支払つていた。被控訴人がその運送業務を下請負に出す場合、通常は送り状による処理手続をしていたのに、稲村と被控訴人との間の業務処理は、右と異り、伝票処理を行い稲村が荷物の受領書を荷受人からもらい、運転日報を書いて処理していたことが窺われるところ、本件においても、稲村は被控訴人方で配車係から届け先と配達時刻の指示を受け、同所で荷物を本件加害車に積み込み、これを新潟火力発電所に「産江からきた」と告げて届け、その受領書を受け取つている。

二  被控訴代理人が付加した主張

被控訴人がその運送業務を他に依頼する場合の依頼先は訴外佐藤のほか数社あり、訴外佐藤もその運送業務の受注先は被控訴人のほか数社あるのであつて、訴外佐藤及び稲村が被控訴人の運送業務を専属的に行つてきたことはなく、稲村が被控訴人の運送業務を訴外佐藤から再下請して行う場合でも、被控訴人が他の業者に運送依頼する場合と異なる業務処理の手続、方法をとつてきたことはなく、右運送についても目的物、運送先、配達期限を指示したことがあるのにとどまるものである。また、被控訴人は稲村に対し出資をしたり、事務所、自動車の保管場所等を提供、貸与したこともない。従つて、被控訴人は本件加害車の運行供用者ではない。

三  控訴代理人は、当審における証人稲村茂の証言を援用した。

理由

当裁判所は、控訴人両名の被控訴人に対する本訴各請求をいずれも失当として棄却すべきものと判断するが、その理由は、原判決理由第二項2につき、次の点を補足訂正、付加するほかは、原判決と同一であるから、原判決理由説示を引用する。

一  原判決一〇枚目表九行目の「本人尋問の結果」の次に「及び当審における証人稲村茂の証言」を加入する。

二  原判決一一枚目表四行目冒頭の「に、」の次に「稲村の運送事業のうち訴外佐藤から依頼される仕事の割合は、八、九割を占めていたが、そのうちの六割が訴外佐藤を通じて被控訴人から依頼される仕事であつたこと」を加入する。

三  原判決一一枚目表九行目の「その経験がなかつたこと、」の次に「本件交通事故が発生した新潟火力発電所宛への運送業務の場合も、被控訴人は訴外佐藤を介し稲村に対し運送する物品、その所在場所、運送すべき場所及び日時を指示しただけであること、」を加入する。

四  原判決一一枚目裏三行目の「との所信をもつていたこと、」の次に「訴外佐藤が所有している運送事業用車両には興栄産業という商号が表示されており、稲村が所有していた本件加害車には稲村商店という商号が表示されていて、被控訴人の名称は表示されていなかつたこと、稲村は、被控訴人から営業上特別な援助を受けたことはなく、本件加害車の保管場所も自宅の近くの空地に設けていたこと、稲村は、訴外佐藤を通じて被控訴人から依頼された仕事で荷送人方に行く場合に被控訴人の名称を告げることがあつたが、それは荷送人と被控訴人との間の運送契約に即応して便宜上したまでのことであること、稲村が被控訴人の仕事を再下請負する場合、被控訴人の送り状を使つての事務処理をすることがあり、運転日報を記録し、これを佐藤を通じて被控訴人に提出し再下請負にかかる仕事実績を報告する事務処理をしていたこと」を加入する。

五  原判決一一枚目裏五行目から一二枚目裏四行目までを削除し、次のとおり挿入する。

思うに、他の同業者から貨物の自動車運送を下請負した自動車運送業者から更にこれを再下請負した運送業者が、自己の計算で当該再下請負にかかる貨物運送を行つている際に、交通事故により他人に損害を加えたときには、右運送の元請負人と再下請負人との間に、使用者と被用者との関係と同視しうる関係があり、再下請負人に対し直接または間接に元請負人の指揮監督関係が及んでいる場合には、再下請負人の行為は元請負人の事業の執行についてなされたものとして、元請負人が再下請負人の不法行為につき民法七一五条の責に任ずるものと解すべきである。

本件についてこれをみるに、右に認定した事実関係によれば、稲村は、自動車運送業者である被控訴人の再下請負人として運送業務の執行中本件事故を惹起したものであり、従前から右再下請をしていたことが明らかであるが、被控訴人から直接又は間接に稲村に対して再下請にかかる運送業務処理上の指示がなされるときは、平常の場合も本件の場合も、仕事の内容の特定等に関する事項以上に出なかつたこと、しかも被控訴人と稲村との日常の業務関係は、下請人佐藤を介して存在し、同人の責任においても生ずるものであり、その態様も専従的ではなく、実質上も外観上も使用者と被用者との関係と同視しうるほどの一体性や管理、支配従属的関係があるものではないことが認められる。

従つて、被控訴人は稲村に対する関係において民法七一五条にいう使用者の立場にはなく、同条に基づいて本件事故にかかる損害賠償責任を負うものではない。

次に元請負人である被控訴人が、再下請負人である稲村の本件加害者による交通事故につき、自動車損害賠償保障法三条の運行供用者として、その損害賠償の責に任ずべきであるか否かについて按ずるに、前記認定の事実関係によれば、訴外佐藤が被控訴人から下請した運送業務を稲村に再下請させるか否かは訴外佐藤の裁量にかかり、右再下請の業務は稲村の平常の仕事量の約半分程度であつて、稲村の被控訴人に対する事業上の関係は間接的かつ非専従的なものであること、稲村所有の本件加害車の管理につき被控訴人において何ら関与するところがなく、その車体にも稲村商店の表示がなされ、外観上も被控訴人方の貨物自動車とは区別されていたこと、稲村の行う再下請負業務については、まず訴外佐藤の指示に基き、通常の場合も本件の場合も被控訴人はその内容を特定する以上の指示命令を出していないことなどが認められ、本件自動車事故は稲村の前記再下請にかかる業務の執行中に起つたものであるが、右事故が被控訴人の運行支配下に生じたものとは認め難い。

従つて、被控訴人は、本件加害車につきその運行を支配し、その運行の利益を享受していた者といえないから、自動車損害賠償保障法三条の運行供用者として、本件交通事故による損害を賠償する責に任ずべきものではない。

なお、被控訴人が訴外佐藤に運送の下請をさせた場合に、運送料のマージンを取得し、また事故処理の方法として稲村が運転日報を記録し、これを訴外佐藤を通じて被控訴人に提出する処理を行つたことがあるからといつて右の判断が左右されるものではない。」

よつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却すべきであり、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条本文を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 外山四郎 篠原幾馬 鬼頭季郎)

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